最後の選択 [日記]
「こんにちは、長老」
久しぶりにドラウの長老、ニックス・デュランディミオンの元に現れたのはカーナだった。
「お前か、ずいぶんと久しぶりだ。最近はエラドリンの一族の手助けをしていると聞いたが?」
「そうね。シュラウドはかなり厳しい場所だけど、長老に鍛えられたおかげで何とかやって行けてるわ。」
「ふん、世辞もうまくなったようだな。お前の力は、お前が努力して身につけたものに他ならない。そんなことで私に感謝する必要などないわ。」
そういうわりに、長老の口元は緩んでいる。
「お世辞なんかじゃないって。長老には本当に感謝しているの。たった1人でこの街に来たときから、何かと気にかけてくれたもんね。」
「見込みがあると思えば気にはかけるし、ないと思えば切り捨てる。それが私の仕事だ。だが、今日はそんな話をしに来たのではあるまい?」
「・・・・・・・・。」
カーナが黙り込んだ。
「・・・トーリルの噂は我らも聞いておる。今後トーリルは激変の時を迎えるだろうとな。」
「知ってるのね・・・。なら、話は早いわね。」
「やはり帰るのか・・・。」
カーナがうなずいた。
「あっちには仲間がいるし、ほっておけないわ。こっちももまだまだ安心できる状況にないことはわかってるんだけど・・・」
「仕方あるまい。トーリルはお前の・・・いや、お前に続いてこの街にやってきた姉妹達の故郷だ。なに、こちらの心配は要らぬ。たくさんの冒険者達がここにはいるのだ。お前はお前の為すべきことをすればよい。」
「ありがとう・・・。それで、これからのことなんだけど・・・。」
「お前達の仲間で、向こうに帰るものは引き留めはせぬ。残りたいものがいれば、こちらで気にかけてやろう。」
「そう言ってくれてうれしいわ。最初に来た5人は全員帰ることにしたの。ミンも帰るって言ってるから、一緒に帰るわ。ランフィアは元々ここのエルフだけど、私達に手を貸してくれるそうだから、一緒に行くことにしたわ。ドラウ達はほとんど残るそうだけど・・・」
カーナが口をつぐんだ。
「どうした?ドラウ達の中で、もしもお前達と一緒にトーリルに行きたいという者があれば、よろこんで許可しよう。こちらではそれなりに修羅場をくぐってきたのだ。向こうでも多少は役に立つだろう。」
「イルマディアがね・・・。」
「な、なにぃ!?」
予想外の名前が出て、思わず声がひっくり返る長老。
「イ・・・・イ、イルマディアだと!?」
長老の体中から一気に汗が噴き出した。なんでよりによって「あの」イルマディアなのだ!?シシィやオディールならば実力は申し分ないというのに・・・。
見ていたカーナは笑っている。
「多分そう言う反応をするだろうって、イルマディア本人も言ってたわ。でも、イルマディアがトーリルに行きたいって言ってるわけを知らないなんて言わないわよね?」
「・・・・・・・・。」
今度は長老が黙り込む。
「イルマディアの名前をつけたのは、アライアスなの?」
「うむ・・・。」
「やっぱりそうか・・・。」
アイスウィンドデイルで、あの華奢な体のエルフの少女の死を、誰よりも悲しんでいたのは、当時リゼルとカーナの仲間だったダークエルフのアライアス。その後彼女は行方知れずになっていた。
「あの女は姿形は我らと同じだったが、お前達のようにトーリルから来たと言っていた。どうやって渡ってきたのかは知らぬ。本来ならば、我らがよそ者に生まれた子供の名前をつけさせるなどあり得ないことなのだが・・・・あの女は我らの街にやってきたから、ずいぶんと長い間我ら一族のために尽くしてくれた。」
「なるほど、仲間として認められたということね。」
「うむ、そしてあの女の助けで無事に出産した母親が、生まれた女の子に名前をつけてくれと頼んだのだ。」
「今も彼女はドラウの街にいるの?」
「いや・・・そのあとしばらくして、この世界の大陸を見て回ると言い残して出ていった。それっきりだ。行方を知る者はおらぬ。」
「では、まだここにいるかも知れないのね?」
「生きていればな。」
「そう・・・。」
「トーリルという世界では、我らと同じような種族がドロウと呼ばれていて、エルフとはずっと憎み合っていると言うておった。だがあの女は、自分達の種族からはとうの昔に縁を切られていたらしいな。」
「非情になりきれなかったのよ。ドロウの世界はいつだって殺すか殺されるか、自分の母親も姉妹も、誰1人信用できないと言っていたわ。なのに彼女は、寝込みを襲ってきた自分の妹を殺せなかった。だから逃げ出すしかなかったの。自分の家から。街から。」
「なるほどな。あの女は命にこだわっていた。助けられるかも知れない命はなんとしても助けたいと、いつも口癖のようにな。」
「でも冒険者稼業なんてやってたら、そんなわけにはいかないもの。私だって、今までに一体いくつの命を奪ってきたものやら、もう数える気にもならないわ。」
「後悔しておるのか?」
「してたら今頃尼さんにでもなってるわよ。殺したことの罪は免れるものじゃないけど、後悔したところで何も始まらないもの。」
「それもそうだな。もしもあの女に会うことがあれば、お前達のことは伝えておこう。イルマディアのことは、正直なところかなり心配だが、まあ仕方あるまい。自分と同じ名前を持つエルフが生きていた場所を、実際に見てみたいと考えたとしても責めることは出来ぬ。」
「いまはもうどうなってるのか想像もつかないんだけどね。」
「それでも行きたいと言ったのだろう?」
「もう眼をキラキラ輝かせちゃって、行く気満々よ。長老が反対してくれれば、止める口実も出来るんだけど・・・。」
「私が言ったところであの娘が聞くものか。」
「そうよねぇ・・・。」
カーナがため息をついた。
「それより、向こうに帰るなら、こっちで身につけたものは何一つ持って帰れぬ。以前着ていたローブなどを準備しておかないと、向こうに着いたときには丸裸だぞ?」
「さすがにみんなして裸で降り立ちたくはないから、今荷物の整理をしているところよ。ローブや鎧の予備もあるから、向こうに行きたいって言う子がいたら、その分くらいは何とかなると思うわ。武器も向こうに帰ればいろいろあるし。」
「お前達のねぐらは大丈夫なのか?」
「いまのところはね。」
「ふむ・・・いずれこの地が平和になったら、お前達とは酒を酌み交わしたいと思うておったが、それも叶わぬままになりそうだな。」
「ふふふ・・・私と酒を酌み交わすには、相当量の酒がいるわよ。」
「・・・・どうやらそうらしいな。エルディーンをも凌ぐと、シシィとオディールが目を丸くしておったわ。」
こんな細い体でどうやってそれほど大量の酒を飲めるのか、長老はカーナをまじまじと見た。カーナはニッと笑って、
「酒は別腹よ。」
そう言ってもう一度笑った。
この街にやってきたばかりのころは、こんな華奢なエルフに何が出来るものかと思っていた。なのに彼女はその体格を生かして、ローグとして着実に実績を積み重ねてきた。
「おしいのぉ・・・。」
本当ならば引き留めたかった。だが故郷の危機を平気で見過ごすようなことが、彼女達に出来はしないだろうとも思っていた。
「寂しくなるな・・・。」
吹きすぎた海風に肩をすくめ、長老はぽつりと呟いた。
久しぶりにドラウの長老、ニックス・デュランディミオンの元に現れたのはカーナだった。
「お前か、ずいぶんと久しぶりだ。最近はエラドリンの一族の手助けをしていると聞いたが?」
「そうね。シュラウドはかなり厳しい場所だけど、長老に鍛えられたおかげで何とかやって行けてるわ。」
「ふん、世辞もうまくなったようだな。お前の力は、お前が努力して身につけたものに他ならない。そんなことで私に感謝する必要などないわ。」
そういうわりに、長老の口元は緩んでいる。
「お世辞なんかじゃないって。長老には本当に感謝しているの。たった1人でこの街に来たときから、何かと気にかけてくれたもんね。」
「見込みがあると思えば気にはかけるし、ないと思えば切り捨てる。それが私の仕事だ。だが、今日はそんな話をしに来たのではあるまい?」
「・・・・・・・・。」
カーナが黙り込んだ。
「・・・トーリルの噂は我らも聞いておる。今後トーリルは激変の時を迎えるだろうとな。」
「知ってるのね・・・。なら、話は早いわね。」
「やはり帰るのか・・・。」
カーナがうなずいた。
「あっちには仲間がいるし、ほっておけないわ。こっちももまだまだ安心できる状況にないことはわかってるんだけど・・・」
「仕方あるまい。トーリルはお前の・・・いや、お前に続いてこの街にやってきた姉妹達の故郷だ。なに、こちらの心配は要らぬ。たくさんの冒険者達がここにはいるのだ。お前はお前の為すべきことをすればよい。」
「ありがとう・・・。それで、これからのことなんだけど・・・。」
「お前達の仲間で、向こうに帰るものは引き留めはせぬ。残りたいものがいれば、こちらで気にかけてやろう。」
「そう言ってくれてうれしいわ。最初に来た5人は全員帰ることにしたの。ミンも帰るって言ってるから、一緒に帰るわ。ランフィアは元々ここのエルフだけど、私達に手を貸してくれるそうだから、一緒に行くことにしたわ。ドラウ達はほとんど残るそうだけど・・・」
カーナが口をつぐんだ。
「どうした?ドラウ達の中で、もしもお前達と一緒にトーリルに行きたいという者があれば、よろこんで許可しよう。こちらではそれなりに修羅場をくぐってきたのだ。向こうでも多少は役に立つだろう。」
「イルマディアがね・・・。」
「な、なにぃ!?」
予想外の名前が出て、思わず声がひっくり返る長老。
「イ・・・・イ、イルマディアだと!?」
長老の体中から一気に汗が噴き出した。なんでよりによって「あの」イルマディアなのだ!?シシィやオディールならば実力は申し分ないというのに・・・。
見ていたカーナは笑っている。
「多分そう言う反応をするだろうって、イルマディア本人も言ってたわ。でも、イルマディアがトーリルに行きたいって言ってるわけを知らないなんて言わないわよね?」
「・・・・・・・・。」
今度は長老が黙り込む。
「イルマディアの名前をつけたのは、アライアスなの?」
「うむ・・・。」
「やっぱりそうか・・・。」
アイスウィンドデイルで、あの華奢な体のエルフの少女の死を、誰よりも悲しんでいたのは、当時リゼルとカーナの仲間だったダークエルフのアライアス。その後彼女は行方知れずになっていた。
「あの女は姿形は我らと同じだったが、お前達のようにトーリルから来たと言っていた。どうやって渡ってきたのかは知らぬ。本来ならば、我らがよそ者に生まれた子供の名前をつけさせるなどあり得ないことなのだが・・・・あの女は我らの街にやってきたから、ずいぶんと長い間我ら一族のために尽くしてくれた。」
「なるほど、仲間として認められたということね。」
「うむ、そしてあの女の助けで無事に出産した母親が、生まれた女の子に名前をつけてくれと頼んだのだ。」
「今も彼女はドラウの街にいるの?」
「いや・・・そのあとしばらくして、この世界の大陸を見て回ると言い残して出ていった。それっきりだ。行方を知る者はおらぬ。」
「では、まだここにいるかも知れないのね?」
「生きていればな。」
「そう・・・。」
「トーリルという世界では、我らと同じような種族がドロウと呼ばれていて、エルフとはずっと憎み合っていると言うておった。だがあの女は、自分達の種族からはとうの昔に縁を切られていたらしいな。」
「非情になりきれなかったのよ。ドロウの世界はいつだって殺すか殺されるか、自分の母親も姉妹も、誰1人信用できないと言っていたわ。なのに彼女は、寝込みを襲ってきた自分の妹を殺せなかった。だから逃げ出すしかなかったの。自分の家から。街から。」
「なるほどな。あの女は命にこだわっていた。助けられるかも知れない命はなんとしても助けたいと、いつも口癖のようにな。」
「でも冒険者稼業なんてやってたら、そんなわけにはいかないもの。私だって、今までに一体いくつの命を奪ってきたものやら、もう数える気にもならないわ。」
「後悔しておるのか?」
「してたら今頃尼さんにでもなってるわよ。殺したことの罪は免れるものじゃないけど、後悔したところで何も始まらないもの。」
「それもそうだな。もしもあの女に会うことがあれば、お前達のことは伝えておこう。イルマディアのことは、正直なところかなり心配だが、まあ仕方あるまい。自分と同じ名前を持つエルフが生きていた場所を、実際に見てみたいと考えたとしても責めることは出来ぬ。」
「いまはもうどうなってるのか想像もつかないんだけどね。」
「それでも行きたいと言ったのだろう?」
「もう眼をキラキラ輝かせちゃって、行く気満々よ。長老が反対してくれれば、止める口実も出来るんだけど・・・。」
「私が言ったところであの娘が聞くものか。」
「そうよねぇ・・・。」
カーナがため息をついた。
「それより、向こうに帰るなら、こっちで身につけたものは何一つ持って帰れぬ。以前着ていたローブなどを準備しておかないと、向こうに着いたときには丸裸だぞ?」
「さすがにみんなして裸で降り立ちたくはないから、今荷物の整理をしているところよ。ローブや鎧の予備もあるから、向こうに行きたいって言う子がいたら、その分くらいは何とかなると思うわ。武器も向こうに帰ればいろいろあるし。」
「お前達のねぐらは大丈夫なのか?」
「いまのところはね。」
「ふむ・・・いずれこの地が平和になったら、お前達とは酒を酌み交わしたいと思うておったが、それも叶わぬままになりそうだな。」
「ふふふ・・・私と酒を酌み交わすには、相当量の酒がいるわよ。」
「・・・・どうやらそうらしいな。エルディーンをも凌ぐと、シシィとオディールが目を丸くしておったわ。」
こんな細い体でどうやってそれほど大量の酒を飲めるのか、長老はカーナをまじまじと見た。カーナはニッと笑って、
「酒は別腹よ。」
そう言ってもう一度笑った。
この街にやってきたばかりのころは、こんな華奢なエルフに何が出来るものかと思っていた。なのに彼女はその体格を生かして、ローグとして着実に実績を積み重ねてきた。
「おしいのぉ・・・。」
本当ならば引き留めたかった。だが故郷の危機を平気で見過ごすようなことが、彼女達に出来はしないだろうとも思っていた。
「寂しくなるな・・・。」
吹きすぎた海風に肩をすくめ、長老はぽつりと呟いた。
2009-09-18 21:37
nice!(0)
コメント(0)
コメント 0
コメントの受付は締め切りました